育児

障害を持った子のママが世の中にデビューする時のお話

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息子が重い心臓病を持って産まれて、最初の1年はとにかく病気を治す事だけを考えていました。

しかし、1歳を過ぎて退院すると、今度はどうやって世の中と関わりながら子育てをするのかという問題に直面しました。

障害を持った息子の『子育て』をするためには私の覚悟が必要でした。

私が世の中にデビューするまでの経験談をまとめています。

障害児は公園デビューできますか?

息子さんが産まれる前、私達夫婦は東京都内のマンションに住んでいました。

マンションには朝になるといくつかの幼稚園のバスが送迎に来て、エントランスではママ達が談笑していました。

幼稚園に入る前の小さい子ども達もマンション近くの公園で遊んでいました。

まだ子どものいなかった私は漠然と『私もいつかはあの輪の中に入るのかな』と思っていました。

でも、産まれた子どもは重い病気を持っていました。

あの輪に入る事なんて考える暇もないほどの闘病の日々でした。

1歳過ぎで退院して公園デビューを考えたけれど…

1歳過ぎに退院しました。

退院した頃はまだ冬でしたが、春になり、息子も成長してきて、このまま家の中で母子引きこもり生活を続けるわけにもいかないと思うようになりました。

酸素ボンベをつけた息子を買い物に連れて行って、帰り際に近くの公園を覗いてみたりしました。

息子と同じくらいの年齢の子が遊んでいます。

でも、息子とは比べものにならないくらいに活発で、とてもじゃないけれど同じ場所では遊ばせられないと感じました。

障害児が集まる場所は無いのかな?

そもそも、酸素ボンベをつけた息子を元気な子が遊ぶ公園に連れて行くのは無理があるような気がしました。

そこで、障害児が集まれるような場所が無いのか調べてみました。

すると『地域の療育センターで月に1回障害児の日がある』という事を知りました。

予約などは必要なかったので、思い切ってこの日に行ってみました。

すると、口唇口蓋裂でまだ手術が終わっていない子や気管切開をしている子など、見た目に明らかに障害がある子がいました。

なんだかすごくホッとしました。

私が初めての参加だと気がつくと、療育センターの方も常連のママさん達も話しかけてくれました。

こうして私は『障害児のお友達』を作ることができました。

障害児が行ける場所が思っていたよりもたくさんあった

障害児のお友達となら、気兼ねなく遊べる。

私もママ達と気兼ねなく話せる。

今の私にはこういう場所がいい。

そう思いました。

そして障害児が行ける場所が無いのか色々と調べてみました。

結果、1歳半~3歳までの間、色々な場所へ通う事ができました。

  • 息子が1歳半~3歳までの間に通った場所
    ・療育センターの月に1回の障害児の遊び広場
    ・通っている大学病院の月に1回の遊び広場
    ・週に2回の発達センター
    ・週に2回のこばと園(心臓病児の通所施設)

この頃はほぼ毎日予定があるという日々でした。

予定があるといっても1日に数時間の事なので、息子にとっては疲れすぎず刺激にもなってとても良かったと思います。

私にとっても同じような境遇のママ友がたくさんできて心強かったです。

健常な子とは一緒に遊べますか?

2歳頃になると、息子もだいぶ活発になってきました。

ほぼ毎日出かけていたのでストレスはありませんでした。

この頃私の中で『こんなに活発になっているんだから、健常な子とも一緒に遊べるんじゃない?』という気持ちが出てきました。

その頃、妊娠中に知り合ったプレママグループから『久しぶりに集まらない?』と連絡がありました。

プレママグループとは妊娠中から連絡を取り合っていたので、出産直後に『赤ちゃんに病気があるからしばらくは会えない』と伝えていました。

2歳を過ぎて息子もだいぶ活発になってきたので、そろそろ大丈夫なんじゃないかという気持ちになりました。

酸素ボンベはつけていましたが、病気の事は伝えているし、大丈夫だろうと思った私はプレママ4人組の集まりに参加しました。

健常な子ども達の成長に愕然とする

キッズルームがあるレストランで私も含めて4組の親子が集合しました。

妊娠中からの友達で、息子の病気の事は事前に知らせていたので、ママ達はみんな温かい目で『大変だったんだね』と言ってくれました。

でも、キッズルームで遊ぶ子ども達の成長ぶりを見て愕然としました。

普通に話せる。

普通に歩けて、走れて、跳べる。

普通の2歳児ってこんなもんなの?

息子さんは、初めての場所に対してすごく臆病で、キッズルームなんかに放り込まれて涙目で座り込んでいます。

私に何か言いたくてもまだ喋れません。

そんな様子に気がついたママ達は、気を遣った様子で『緊張してるのかな…』『はじめての場所で慣れないよね…』と言ってくれましたが、息子の成長が遅れている事は明らかでした。

息子なりに成長しているように思ってたけど、普通の子と比べたらこんなに違うんだ…。

居心地悪いよね。ゴメンね…。

結局この日以来、プレママ友達とはお互いに気まずくなって、なんとなく連絡を取らなくなりました。

私も『健常な子と一緒に遊ぶのはまだ無理なんだ』と感じた日でした。

障害児は障害児のペースでいいじゃない

それ以来、私は障害児の集まる居心地の良い場所にしか行かなくなりました。

逃げているかもしれない。

でも、焦る事もない。

息子も、障害児の子と一緒のほうが自分のペースと一緒で安心しているように見えました。

『障害児』と言っても色々な障害があって一口にくくる事はできません。

でも、どのママも、愛する我が子が産まれた瞬間に病気を告げられて、長い闘病生活を送ってきた事は同じです。

お互いのそんな話をしながら『自分だけじゃないんだ』と思って共感できる。

「まだこんな事もできないのよー。」

「まだ全然しゃべらないしね。」

と成長の遅さを普通に話せる。

私にとってとても心強いママ友達でした。

私は無理に普通のママ達と関わる必要は無いと思いました。

こうして息子が3歳になるまでの間は『病児のママ友達』しか作りませんでした。

でも私にとってはストレスの無い良い環境だったと思います。

いつ障害児という枠から飛び出すの?

息子が2歳の頃に住んでいた地域では2年保育の幼稚園が多いと聞いていました。

つまり幼稚園の入園は4歳になってからです。

息子が通っていた『発達センター』も『こばと園』も幼稚園入園前まで通う事ができるので、4歳の幼稚園入園まではこの生活を続けるつもりでした。

ところが、3歳になる直前にパパさんの東京→福岡の転勤が決まりました。

こうして、私は強制的に今までの『障害児が集まる安心な場所』から世の中の荒波にデビューしなければならなくなりました。

息子の幼稚園が決まるまでのお話はまた別の機会にお話ししたいと思います。

まとめ

『障害児を育てる』と言っても、その子がはじめての子なのか、兄弟がいるのかによって周囲の環境は変わってくると思います。

私の場合ははじめての子だったので、とにかく『息子が安心して遊べる場所』『私がストレスなくママとしてデビューできる場所』を探すという事に必死でした。

結果的に、息子が3歳になるまでは『障害児の集まる場所』に身を置いた事が正解だったなと思います。

感じ方は人それぞれだと思いますが、成長の度合いが同じくらいの子ども達の中にいる事が、息子も私もストレスなく過ごせて良かったと思っています。

子育ての環境は地域や兄弟の有無によって変わってくると思います。

自分と子どもにとって居心地が良いと思える場所を見つける事が大切なのかもしれません。

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ウチの息子は心臓病

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